2025年11月以降、中国が日本に対して発動した一連の経済制裁に対し、日本が法的にとりうる対抗措置は複数存在する。しかし、年間約370億ドルの貿易額を持つ深い経済相互依存と、既存法制の制約により、日本は「攻撃的制裁」よりも「戦略的不可欠性」の維持という防御的アプローチを採用している。既に実施中の半導体製造装置の輸出規制が最も有効な対抗手段となっている。
中国が発動した制裁の全容
中国による対日経済制裁は、2025年11月7日の高市早苗首相の発言を契機に段階的に強化された。高市首相が「中国による台湾攻撃は日本の存立危機事態に該当しうる」と述べたことを、中国は「内政干渉」「一中原則の重大な違反」と非難した。 Wikipedia +2
2026年1月6日、最も重大な措置として商務部が公告第1号を発出し、日本向けデュアルユース(軍民両用)品目の輸出を全面禁止した。 CNN対象にはレアアース(サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム等)、先端電子機器、航空宇宙部品、ドローン、原子力関連技術が含まれる。 CNN
これに先立ち、2025年11月には日本産水産物の輸入全面禁止(11月19日)、中国人観光客への訪日自粛勧告(11月14日)が発表された。 American Enterprise Institute中国の航空各社は日本便の無料キャンセルを受け付け、11月20日までに約54万3000枚の航空券がキャンセルされた。文化面では日本映画の公開延期、スタジオジブリ展の中止、ポケモンカード大会の延期など広範な制限が課された。 WikipediaWikipedia個人制裁として岩崎茂元統合幕僚長への資産凍結・入国禁止措置も発動されている。 The Japan Times
日本の制裁発動を可能にする法的根拠
外為法(外国為替及び外国貿易法)の三つの発動要件
日本の経済制裁の主要な法的根拠は外為法第10条に規定されている。同条は以下の三つの場合に制裁措置を認める:
- 国際的義務の履行:国連安保理決議など条約・国際協定に基づく場合
- 国際平和への貢献:G7協調など国際社会の取り組みへの参加として必要な場合
- わが国の平和と安全の維持:閣議決定により独自制裁を発動する場合
具体的な措置として、第48条に基づく輸出規制(経産大臣所管)、第52条の輸入規制、第16条・第24条の金融制裁(財務大臣所管)が可能である。 Tmtpost違反には最長10年の懲役、法人には最大5億円の罰金が科される。
経済安全保障推進法(2022年施行)
2022年5月成立の経済安全保障推進法は四本柱で構成される:重要物資のサプライチェーン強靭化、基幹インフラの設備審査、先端技術の官民共同研究、特許の非公開。同法により政府は「特定重要物資」を指定し、調達先多様化への補助金・低利融資を提供できる。
日本が実施可能な対抗措置の選択肢
輸出規制:最も実効性の高い手段
日本が既に活用している最も有効な対抗手段が半導体製造装置の輸出規制である。2023年7月に23品目、2024年4月に21品目を追加し、EUVリソグラフィ装置、ArF液浸露光装置、先端検査装置などが対象となった。 TmtpostYicai2025年11月以降、信越化学、キヤノン、三菱ケミカルなど主要企業がフォトレジスト事業の中国撤退を開始し、フォトレジスト輸出は前月比42%減少した。 Vision Times
日本国際問題研究所の高山義明氏は「中国が最先端半導体デバイスを生産することは、少なくとも短中期的にはほぼ不可能になる」と評価している。 Environment+Energy Leader日本は主流チップ(90nm〜28nm)に不可欠なDUVリソグラフィ技術を支配しており、これが強力なレバレッジとなっている。 Vision TimesWorld Economic Forum
金融制裁と投資審査
外為法に基づき、指定個人・団体への資産凍結、支払禁止、資本取引制限を実施できる。しかし、日本には米国OFAC(外国資産管理室)に相当する包括的制裁法制がなく、民事罰規定も存在しない。現状、対中国での金融制裁は国連安保理決議に基づくもの以外は発動されていない。
貿易制限措置
セーフガード措置(2001年の中国産農産物への適用前例あり)、アンチダンピング関税、GATT第21条の安全保障例外に基づく輸入制限が理論上可能である。ただし、2019年のWTO訴訟で日本が韓国の水産物禁輸措置に敗訴した経験から、政府は慎重姿勢を維持している。
過去の制裁発動事例が示す実行力
北朝鮮への包括的制裁
日本は2006年の核実験以降、北朝鮮に対して最も厳格な独自制裁を実施してきた。2006年10月の輸入全面禁止、2009年6月の輸出全面禁止により、現在は二国間貿易が実質的にゼロとなっている。すべての北朝鮮籍船舶の入港禁止、包括的な資産凍結、国民の入国禁止も継続中で、措置は2年ごとに更新されている(直近は2025年4月)。
対ロシア制裁の拡大
2022年2月のウクライナ侵攻以降、日本はG7と協調してロシア中央銀行、主要銀行(VTB、プロムスヴャジバンク等)、プーチン大統領を含む当局者、オリガルヒへの資産凍結を実施した。輸出禁止対象は半導体・コンピュータ・通信機器のデュアルユース品目、高級品、石油精製設備に拡大。2025年9月時点で51団体・14個人が追加指定されている。 Nikkei
これらの前例は、日本が法的・実務的に大規模制裁を発動・維持する能力を持つことを示している。
対中制裁の実現可能性を制約する要因
経済相互依存の深さ
日中間の貿易額は年間約3700億ドルに達し、中国は日本の最大貿易相手国(総貿易の約20%)である。5万6000社以上の日本企業が中国で事業を展開し、累計投資額は1300億ドルを超える。日本のレアアース・レアメタル、PC・電子機器、電子部品、医薬品原料の70〜90%が中国からの輸入に依存している。
ローウィー研究所は「日本は中国への依存度が相対的に高く、サプライチェーン貿易の比重も大きい。部分的なデカップリングでも非対称的な影響を受ける可能性が高い」と分析している。 Rusiゲース&ベッカース両氏のシミュレーションでは、米中ブロック形成時の厚生損失は米国より日本の方が大きいとの結果が出ている。
WTO規則との整合性
日本はRCEP(地域的な包括的経済連携)の加盟国であり、中国に対する自由貿易義務を負う。GATT第21条の安全保障例外は存在するが、2019年のロシア・ウクライナ紛争に関するWTOパネル裁定で、紛争解決パネルがその適用を審査する権限を主張したことから、濫用には制約がある。
経済産業研究所(RIETI)の中川淳司氏は「中国の水産物禁輸はWTO・SPS協定の科学的根拠要件に違反しているが、執行は困難」と指摘しつつ、日本がMPIA(多国間暫定上訴仲裁手続)を活用することを推奨している。
専門家と政府の見解
経済産業省の経済安全保障アクションプラン(2025年4月改訂)は**「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」**の追求を掲げる。「小さな庭、高い塀」アプローチで戦略技術を保護しつつ、「世界にかけがえのない日本」を目指すというコンセプトだ。
全米アジア研究所(NBR)は「日本のアプローチは米国の『小さな庭、高い塀』を模倣しているが、日中経済統合の程度から政治主導は控えめ。包括的デカップリングよりも戦略分野の慎重な特定と保護を好む」と評価している。
トヨタ自動車は、半導体規制への報復として中国が自動車生産に不可欠な重要鉱物を制限する可能性を政府に警告したとされる。 Fortune在中国日本商工会議所の2024年調査では、日本企業の54%が中国のビジネス環境に「満足」、51%が中国を「最重要市場」と回答しており、経済界は積極的措置に消極的である。
結論:「デカップリング」より「デリスキング」
日本が対中国で発動可能な対抗措置を整理すると、実現可能性が高いのは半導体・技術輸出規制の拡大、重要鉱物のサプライチェーン多様化、インフラ設備審査である。中程度なのが投資審査の拡大、同盟国との対抗措置協調、WTO提訴。実現可能性が低いのは包括的貿易制裁、金融制裁、輸入禁止措置である。
日本の戦略は、攻撃的な経済制裁よりも防御的「デリスキング」、制裁よりも**「戦略的不可欠性」のレバレッジ活用**、単独行動よりも同盟国との協調、経済断絶よりもレジリエンス構築に軸足を置く。2025〜26年の外交危機はデリスキング努力を加速させたが、専門家は「経済デカップリング」ではなく「管理された競争」が続くと予測している。日本が持つ最も効果的な対抗手段は、中国が容易に代替できない重要技術の支配——すなわち正式な制裁を必要とせずに深刻な経済圧力を抑止する「戦略的不可欠性」の維持である。