インテル ―― 「ファブを持つ」という正論が、買えない理由に変わるとき
物語は130ドルで完成した。技術は本物、財務は止血の途上、しかし顧客台帳は空欄のままだ。正しい着想が、なぜ最も危険な買い材料になるのか。
「インテルはファブを持っている。それをAI半導体に使えばいい」――この発想は正しい。むしろ、正しすぎる。だからこそ、いまの株価では買えない。これが本稿の結論である。
正しい着想が、そのまま買い場になるとは限らない。市場が同じ着想に惚れ込み、株価がそれを6倍も織り込み終えたとき、正論は最も危険な買い材料に変わる。インテルはいま、まさにその局面にある。物語は130ドル前後で完成しており、初動は20ドル圏だった。我々の規律は単純だ。ナラティブは初動で入るか、さもなくば不参加。20ドルが初動で、いま6倍の地点にいるなら、物語が本物か否かを判定する必要すらない。判定不要のまま、不参加で発火する。これが資本保全を最優先に置いた規律の強さである。
第一章数字の現実
まず、上昇の規模を直視する。インテルの2025年半ばの安値は19ドル前後、米政府が出資した際の取得単価は1株20.47ドルだった。2025年は通年で84%高、年末は37ドル前後。ところが2026年に入って様相が一変し、年初来でおよそ240%――約3.4倍に駆け上がった。6月18日には史上最高値の135ドル前後をつけている。政府の取得単価から数えれば、すでに約6.5倍である。
そして現在のバリュエーションを、我々の二つの錨に当ててみる。PBR1倍近辺、配当利回り3%超――これが価値の基準線だ。インテルはどちらも満たさない。配当利回りは0.00%、予想PERは約125倍、株価売上高倍率は約11倍、実績ベースの一株利益はマイナス、時価総額は6,400億ドルを超える。配当がゼロということは、「待つことへの対価」がそもそも存在しないということだ。我々の哲学において、配当とは報われるまで待つ時間に支払われる報酬である。それがない銘柄で、6倍に伸びきった補給線を抱えて待つ――これは規律の外にある。
第二章三層構造 ―― どこが空欄か
ここで重要なのは、「物語が先行している」を「実態がない」と短絡しないことだ。それは逆方向の間違い――空売り――への入口になる。インテルの実態を三つの層に分けると、どこが本物で、どこが空欄かが見えてくる。
第一の層、技術。これは本物だ。侮ってはならない。最先端の18Aプロセスはアリゾナの工場で2025年10月から量産に入り、ノートパソコン向けの新型チップは実際に出荷されている。これはパワーポイントの絵ではなく、現物のシリコンだ。経営トップが就任した当初、18Aの歩留まりは低く不安定で、外部顧客向けを断念することすら検討されていた。それが改善した。歩留まりは2025年半ばの推定55%前後から着実に切り上がり、65〜75%圏に入ったとみられる。そして6月16日、改良版の18A-Pが予定どおりリスク生産に入った――同じ消費電力で9%高性能、同じ性能で18%低消費電力。歩留まりの修復は物語ではなく、経営の成果である。だからインテルは、連続増資で食いつなぐ類の銘柄とは本質的に違う。実態の核がある。
第二の層、財務。止血は進んでいるが、肝心の部分はまだ赤い。連結は2025年後半に黒字へ転換し、直近四半期は増収、次の四半期見通しも市場予想を上回り、データセンター・AI部門は前年比22%増だ。だが、命題の心臓であるファウンドリ部門そのものは、依然として赤字である。2023年に約70億ドルの営業赤字を出し、その後も数十億ドル規模の損失が続き、外部顧客からの売上は社内需要に遠く及ばない。論文の核であるファウンドリ事業は、実態としてまだ黒字化していないのだ。
第三の層、顧客。ここが空欄だ。物語と実態の乖離は、この一点に集約される。6月18日の時点でも、18A向けの最先端外部顧客は、ただの一社も公表されていない。唯一公表されている大型のファウンドリ契約も、実際の成果が出るのは2029年以降とされる。次世代の14Aは見込み客が二社あるが、確約は今年後半から来年前半、量産は2028年だ。話題のアップル案件にいたっては、報道で予備的な合意が伝えられ、6月にはアメリカ大統領自身がソーシャルメディアで言及したものの、インテル・アップルとも正式には確認しておらず、対象製品も数量も時期も開示されていない。仮に本物でも、インテルの規模では近い将来の業績を動かさない。市場が買ったのは、実在する製造売上ではなく、「お墨付き」だった。
第三章「ファブを持つ」という命題の皮肉
そもそも、この命題には皮肉が二重に埋め込まれている。
第一に、「ファブを持っている」はずのインテルが、自社の次期主力CPUの9割超を、よりによってTSMCの最先端ラインで製造している。自前の工場を持つ会社が、自社の看板製品を競合のファウンドリに出している。これが現実だ。
第二に、外部のAIチップを受託しようにも、構造的な壁がある。インテルが量産で実績を積んできたのは、パソコンやサーバーで主流の命令セットだ。ところが、アップル、グーグル、アマゾンが自社設計する最先端チップは、いずれもスマートフォンで広く使われる別系統の命令セットで作られている。この系統での量産は、インテルが踏み込んだことのない領域である。「ファブをAIに使う」という発想は、設計思想の壁にぶつかるのだ。
第四章自前のAIチップ ―― 最も弱い脚
「新型AI半導体」を、インテル自身が作る側で考えると、強気論はさらに脆くなる。主力だったAIアクセラレータは販売不振で、在庫評価損まで計上した。学習特化の後継機はキャンセルされ、内部利用に回された。大規模学習の市場は、事実上エヌビディアに明け渡している。残る新型は、高価な広帯域メモリを避け、安価なメモリと空冷で割り切った推論特化の低コスト品で、性能数値すら公表されていない。客先サンプルは今年後半、量産は来年だ。エヌビディアへの挑戦者ではなく、空冷の企業サーバー向けニッチである。「インテルが自社ファブで強烈なAIチップを作る」という筋書きは、強気論の中で最も弱い脚なのだ。
第五章国家の庇護 ―― 床はある、だが天井ではない
ここで、弱気一辺倒に傾く前に、最大の支えを置く。インテルは、もう潰れない。米政府は89億ドルを投じて発行済み株式の9.9%を取得した。取得単価は1株20.47ドル、さらに5%分を追加取得できる5年物の権利と、「ファウンドリ持ち分が51%を割る場合」に関する条項を握っている。そこにソフトバンクが20億ドル、エヌビディアが50億ドルを注入した。これにより、「滑走路が尽きて破綻する」という失敗の類型は消えた。
だが、これは慎重に解釈しなければならない。国家の床は、インテルがゼロにならない理由ではあっても、130ドルが割安である理由ではない。床と価値は、別物だ。政府が下に網を張ったことで破綻確率は下がり、それは平時より高い評価を正当化しうる――しかし「倒れにくい」と「安い」は、まったく異なる二つの命題である。
第六章公平のために ―― 強気の最良の論
我々は、反対側の最良の論も置く。強気論は、決して愚かではない。TSMCが最先端で実質的に売り切れている以上、世界が第二の供給源を必要とするのは、誇大広告ではなく容量の算数だ。国家の後ろ盾は破綻リスクを一段消すため、相応に高い評価を許容しうる。もし14Aが今年後半にアンカー顧客を獲得し、18A-Pの歩留まりが保たれれば――ある大手金融機関は、評価を弱気から強気へと異例の二段階で引き上げ、目標株価を160ドル、2030年に一株利益6ドル超の可能性に言及している――今日の価格は、後から振り返れば妥当だった、という決着も十分にありうる。たとえ「予備」の受託先であっても、エヌビディアやグーグルの最先端AIシリコンの議論の席に着いていること自体が、大きな価値を持つ。
強気論の本質は、「実行が予定どおりキャッシュに変わる」という賭けである。これは合理的な賭けだ。
第七章では、なぜ我々は買わないか
価値投資家としての反論は、「強気論は間違っている」ではない。「配当ゼロ、安全余裕ゼロのこの価格で、その実行リスクを引き受ける報酬を、私は受け取っていない」だ。実際、別の大手投資銀行はインテルを中立で新規に評価し、AIの恩恵を認めつつも同業他社をより選好している。経営陣の一部は、この上昇局面で持ち株を売却している。市場は「物語を再発見した」かのように値を付け、個人投資家の資金がそこへ殺到している――これは、価値投資家にとっては取得の合図ではなく、分配の合図だ。
結語攻勢限界点
戦略論で言えば、重点は確かに存在する。TSMCの逼迫、AIのウエハー飢饉、そして国家の庇護――インテルが立つ地点には、本物の戦略的価値がある。だからこそ、インテルは倒れない。
だが、株価は攻勢限界点に達している。ここから先の一歩は、新しい弾薬を要求する――署名済みの顧客契約、ファウンドリの黒字化、未経験の命令セットでの実テープアウト。そのいずれも、まだ届いていない。補給線を6倍に伸ばしきった部隊が、予備兵力ゼロのまま限界点で前進を続けようとしている。これは古典的な失着だ。
だから「実態を伴っていない」の正確な翻訳は、「実態がゼロ」ではない。「実態が技術段階に留まっており、株価が織り込んだ顧客・利益の段階に、まだ到達していない」である。先行指標は点灯した。遅行指標は、未達のままだ。
次の分水嶺は、7月下旬の決算にある。そこで最先端顧客の確約がどこまで言語化されるか――渡河の第一兵が出るか否かが、そこで分かる。それまでは、我々の結論は変わらない。初動でなければ、不参加。