結論:業績は壊れていない。壊れたのは「人材を金で囲える」という前提だ
6月22日、アルファベット(GOOGL)は1日で約6%下げ、ザラ場では一時343ドル台、日中下落幅としては2月以来最大を記録した。5月18日の最高値408ドルからは5週間で約11%の調整である。
ここで多くの個人投資家が「規制で売られた」「FCFが圧縮されて売られた」と一行で片づけるが、それは表層だ。今回の下げは (1)847億ドルのエクイティ調達による希薄化・自社株買い停止、(2)2026年度1,800〜1,900億ドルの設備投資によるFCF圧縮、(3)カリフォルニア訴訟と英国規制、 という本来バラバラの3つの不安が、たまたま同じ週に起きた2人の看板級人材の流出をトリガーに一本の売りへ合流したものだ。
私が注目するのは3でも数字でもない。人だ。 順に人物を見ていく。
流出その1:ノアム・シェイザー——「Attention Is All You Need」の共著者がOpenAIへ
6月18日、GeminiのテクニカルリードでありGoogle副社長のノアム・シェイザーがOpenAI移籍を表明した。
この人物を「Geminiの偉い人」程度に理解していると本質を見誤る。シェイザーは2017年の論文「Attention Is All You Need」の主要共著者の一人、つまり ChatGPTもGeminiもClaudeも、今あるすべての大規模言語モデルの土台であるTransformerアーキテクチャの生みの親の一人 である。さらにMixture of Experts(2016年)、Multi-Query Attentionといった「フロンティアAIを安く速く回すための機構」も彼の仕事だ。
経歴がまた象徴的だ。2000年にGoogle入社→社内チャットボットの公開をGoogleに拒まれて2021年に退社しCharacter.AIを創業→そして2024年8月、Googleは約27億ドル(!)を投じてCharacter.AIの技術ライセンスという形で彼を「買い戻した」。 彼の持ち分から逆算すると、本人だけで7.5億〜10億ドルを手にしたと報じられている。
その27億ドルの男が、2年経たずに今度はOpenAIへ抜けた。 サム・アルトマンは「openai創業以来、最も一緒に働きたかった人物の一人。10年かかったが待った甲斐がある」と歓迎した。
投資家として読むべき一行はこれだ——「27億ドルは、いったい何を、何年間、買えたのか」。 人材を巨額のリテンションで囲い込むモデルそのものに、市場は疑問符をつけ始めている。
流出その2:ジョン・ジャンパー——ノーベル化学賞の頭脳がAnthropicへ
そして週末、もう一発。Google DeepMind副社長ジョン・ジャンパーがAnthropicへの移籍を表明した。在籍9年。
ジャンパーは並のVPではない。2024年ノーベル化学賞受賞者であり、タンパク質の立体構造を予測するAI「AlphaFold」を率いた当人だ。AlphaFoldは2億超のタンパク質構造を予測し、190カ国・200万人超の研究者が創薬・ワクチン設計・疾病研究に使う。DeepMindが長年掲げてきた「我々は製品ではなく科学をやる」という看板、そのinstitutional momentそのものが彼だった。
そのデミス・ハサビス(DeepMind CEO・ノーベル賞を共同受賞)の隣にいた人物が、Googleの最も激しいライバルの一社へ移る。しかもBloombergによれば、ジャンパーはGoogleが法人向けに苦戦しているAIコーディングツール開発チームの中核メンバーでもあった。つまり「科学の象徴」かつ「Googleが最も負けている戦線(エンタープライズ向けコーディングエージェント)の戦力」が同時に抜けたことになる。
では、買いか売りか——「物語の毀損」と「ファクターの逆風」を腑分けする
ここからが本題だ。私の普段のフレーム、すなわち 「ナラティブが構造的に壊れたのか、それとも一時的なファクターの逆風か」 で腑分けする。
ファクター(一時的・回復経路が見える)側:
- 希薄化は「AI演算需要が殺到した結果の増資」であって、不振による資金繰りではない。むしろ需要の証左だ
- FCF圧縮は設備投資サイクルの裏返し。Cloudは前年比63%成長、受注残バックログは約4,600億ドル(年間売上を超える)と回収の絵は描けている
- アナリストは33人中28人がBuy、Sell評価ゼロ、目標株価コンセンサスは約432ドルで現値から2割上
ナラティブ(構造的・読みを変えるべき)側:
- 「金を積めばトップ人材を囲える」という暗黙の前提が、シェイザー27億ドルの2年での流出で崩れた
- AI for scienceの象徴(ジャンパー)が、よりによってライバルを選んだ。次世代のバイオ系トップ研究者は「AlphaFoldの当人がAnthropicを選んだ」事実を見る
- 訴訟(加州の若年層中毒性認定の再審却下)と英国の18歳未満SNS規制は、YouTubeのエンゲージメント=広告マシンの根幹に長期の楔を打つ
私の読みはこうだ。数字(希薄化・FCF)は明確にファクター側=時間が解決する。だが人材流出は「物語コスト」であり、19万人組織の存続を脅かすものではないが、”Googleは勝ち続ける”という株価のプレミアムを正当化してきた前提を確実に削る。
つまりGOOGLは今、「壊れたバリュー」ではなく 「規制と人材のオーバーハングを抱えた、割高なグロース」 の局面にある。P/Eは約29、PSRは10超——叩き売られた割安株ではない。だからこそ規制の壁にぶつかると、トレーダーは「まず売って、後で考える」。
個人投資家への実務的な落とし込み
私の規律で言えば、ここは 「ナラティブ初動で飛び乗る」局面ではない。 初動はとうに過ぎ、いま起きているのはプレミアムの再評価だ。入るなら——
- 一括では入らない。 350ドル割れ、330ドル接近といった節目でのラダーダウン前提
- トリガーは7月下旬のQ2決算とGemini中間アップデート。 Geminiの品質ギャップが「広がる」のか「縮まる」のかが、人材流出を”物語コスト止まり”に封じ込められるかの分水嶺
- 「元本回収、残りはゼロコストで走らせる」ルールを今回も適用する。 規制オーバーハングは長く・うるさく・高くつく。建値で握り続ける覚悟がないなら、最初から半分は短期で利益確定する設計にしておく
最後に一つ。今回いちばん面白いのは、抜けた2人の行き先が「OpenAI」と「Anthropic」に綺麗に割れたことだ。Transformerの父がOpenAIへ、AlphaFoldの父がAnthropicへ。Googleという”AIの母艦”から、次世代の2大ライバルへ頭脳が分配された——この絵こそ、IPOを控える両社の価値を市場がどう見ているかの先行指標として、私は2026年後半を通じて追っていく。
(本記事は特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断は自己責任でお願いします。)