日米景気はいまどこにいるのか ― 史上最高値の裏で膨らむ信用と、4つの発火点

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株価は日米ともに最高値圏にある。だが「相場が強い」ことと「景気が強い」ことは、同じではない。むしろ今は、その二つが静かに乖離し始めている局面ではないか――というのが本稿の問題意識だ。

結論を先に置く。日本株はいま、不況の先読みではなく金利の正常化を踊っている。米国の景気指標もまだ崩れていない。だが、相場を支えているAI投資の裏側で「信用」が史上最速で膨らんでおり、いずれそこが折れる。 問題は「来るか」ではなく「いつ、どこから」だ。順を追って見ていく。


1. 日本編 ―「日経平均はキオクシアといってもいい」

まず日本から。いまの日経平均の値動きは、ほとんど一握りのAI・半導体株で決まっている。キオクシア(285A)は2026年4月1日付で日経平均の構成銘柄に採用され、いまや東京エレクトロンと並ぶ寄与度トップ級の値がさ株になった。同社の2026年3月期は売上収益2兆3,376億円(前期比37%増)、営業利益8,704億円(同92.7%増)。生成AI向けデータセンターのメモリ需要が叩き出した数字だ。

価格加重の日経平均では、この一本足の比重が極端に大きい。実際、6月5日の東京市場は象徴的だった。日経平均は882円安まで下げたが、下げの主因はAI・半導体の利益確定売りで、その裏で金融や内需株が買われ、東証プライムの8割弱の銘柄はむしろ値上がりしていた。 指数が下がった日に、中身の大半は上がっていたのである。

ここを読み違えてはいけない。「内需が弱い=不況の先読み」と短絡しがちだが、足元の内部物色はむしろ逆を示している。2025年は建設・銀行・証券といった内需系が東証33業種の上位を占めた。弱いのは内需の中でも不動産・REIT・高配当のディフェンシブ、つまり金利感応セクターだ。これは急速な長期金利の上昇で割引率が上がり、債券代替が削られているだけで、リフレ・正常化のサインであって不況のサインではない。

決め手は銀行だ。もし市場が本当に不況を織り込んでいるなら、与信費用の増加と将来の利下げを嫌気して銀行も一緒に落ちていなければおかしい。だが銀行は強い。不況の先読みは銀行を買い上げない。金利上昇が買い上げる。 だから今の日本株は、「集中によって脆い指数の下で、金利主導のローテーションが起きている」と読むのが正確だ。崩壊の織り込みではなく、正常化の踊り。ただし――指数がAI一本足である以上、脆さそのものは本物である。


2. 米国編 ― スタグフレーション・ライトという地合い

次に米国。ここでの基本構図は「スタグフレーション・ライト」だ。インフレが収まりきらず(直近CPIは前年比2.7%、原油高と中東情勢が上振れ要因)、一方で景気は緩やかに減速している。

重要なのは金融政策の座組みが変わった点だ。新議長ケビン・ウォーシュは6月のFOMCで「物価安定」を繰り返し強調し、市場はもはや年内利下げではなく利上げに傾き始めた。トランプ政権は大幅利下げを求めているが、Fedは逆を向いている。つまり、減速する実体経済をクッションするための「利下げという逃し弁」が、インフレによって塞がれている。Fedはインフレに対応できないのではなく、対応しすぎていて成長を支えられない。これが2008年と決定的に違う。あのときFedはゼロまで切れた。今回は切れない。

景気指標そのものは、まだ後退を告げていない。Sahmルールは0.10と発動閾値の0.50に遠く及ばず、NY連銀のイールドカーブモデルが示す向こう1年の後退確率も15%程度、市場コンセンサスのGDP成長率は2.2%前後だ。労働市場は「低採用・低解雇」という異例の凪にある。

ただし、ここで2008年の教訓を思い出したい。リーマン前夜も、景気指標は直前まで悪くなかった。 失業率が崩れたのは破綻のずっと後だ。破綻は実体経済の指標ではなく、金融の配管――クレジットから来た。雇用は最も遅行する指標であり、それが確認する頃には、信用イベントはもう起きている。だから順番を間違えてはいけない。雇用ではなく、クレジットを見る。


3. クレジット編 ― どこが、どう折れるのか

では信用のどこが膨らみ、どこが折れるのか。三つに分けて整理する。

(1) AI・データセンター債務 ― 第二の産業革命の「投資」

いま米国で最速で膨らんでいる借金は、AIデータセンターの建設資金だ。ハイパースケーラーの社債発行は2025年だけで約1,210億ドル(5年平均の4倍超)に達し、AI関連は米投資適格社債の純発行の約3割を占めた。データセンター関連の起債総額はほぼ倍増して1,820億ドル。モルガン・スタンレーは、ハイパースケーラーと関連インフラの2026年の起債を約4,000億ドル(2024年の約10倍)と見込んでいる。

弱点は中核ではなく周縁にある。コアウィーブの75億ドルの融資枠はGPUと顧客契約を担保にし、変動金利は約11%、返済開始が2026年1月――ちょうど担保であるGPUの時価が落ち始める局面と重なる。担保が溶けながら高金利で返す構造だ。加えて投資不適格の「ネオクラウド」をテナントとする取引や、債務を簿外SPVに置く仕組みが広がっている。

ただし公平に言えば、中核は本物に強い。 クレジットサイツによれば、ハイパースケーラーの負債資産比率は2025年Q3で48%まで下がり、S&P500の約80%より低い。発行の多くは5年超の長期で取り付けが効きにくい。AIは確かに第二の産業革命であり、これは消費ではなく生産的な「投資」だ。爆発するとすれば中核(マイクロソフトやグーグル)ではなく、GPU担保・ネオクラウド・簿外SPVといった周縁からである。最初の煙はすでに出ている――オラクルの5年CDSは昨秋以降3倍以上に上昇した。

(2) 消費者クレジット ― 需要側の本当の限界

供給側のAI投資より、経済全体の引き金に近いのは需要側、つまり消費者だ。ここはK字に割れている。

全体の数字は限界には見えない。全銀行のカード延滞率は2026年Q1で2.9%にとどまる。だが底辺はもう超えている。 サブプライム自動車ローンの延滞は2025年末に6.65%まで上昇し、大恐慌時の水準を超えた。サブプライム貸し手トライカラーは破綻した。上位100行を除く小規模銀行のカード延滞率は6.4%、無担保パーソナルローンの延滞は2023年初め以来の勢いで悪化している。上半分の支出が、下半分の窮迫を全体平均の中で覆い隠しているのだ。

そして、ここでも信管はインフレだ。楽観的な消費者信用見通しは「複数回のFed利下げが借入コストを下げて消費者を救う」という前提に立っていた。だがウォーシュのFedは利下げを向いていない。底辺の消費者を救うはずだった逃し弁が、溶接で塞がれた。

歴史が教えるのは、生産性革命が本物であることは、消費者・信用サイクルの暴発を免責しないということだ。鉄道は本物の第二の産業革命だったが、1873年の長期不況は鉄道債務の破綻であり、その後も1893年・1907年・1929年と需要側の恐慌が続いた。「潤沢な供給と不足する需要」――AIにも同じ罠がある。

(3) 混ぜ物の経路 ― PE・保険複合体という撹拌ボウル

2008年の伝播は、サブプライムの借り手がプライムの借り手に感染したのではなかった。サブプライムを混ぜたCDOが、AAA格付けでプライム層(銀行・MMF)の手に渡っていたからだ。では今、同じ「混ぜ物の経路」はあるのか。ある。ただし置き場所が移った。

いま混ぜ物債券を抱えるプライム層は、生命保険会社だ。年金・退職資金という、最も守られるべき性質の資金である。ムーディーズによれば、米生保のプライベートクレジット保有は2025年に20%超増え、アポロ系のアテネやKKR系のグローバル・アトランティックなど一部のPE系保険会社では15%超に達する。そしてその中身には消費者ABSも含まれる。さらにアポロは「現代版CLO」と称する新商品(AMAPS)を投入し、「CLOと同様に成長する」と公言している。2008年のCLO市場を、いままた一から育てているのだ。

毒の濃さを増すのが関連当事者取引だ。保険会社が自分の親会社の組成した資産を買う。アテネは資産の12〜18%、ブルックフィールド系で30%、ブラックストーン系で35%に達する。組成者と保有者と値付け者が同じ――マーク・トゥ・モデルの利益相反が内部化されている。この一点では2008年より悪い。

ここで本稿の全部の糸が一点に集まる。AIデータセンター債務を組成するのも、消費者ABSを組成するのも、保険を裏で支えるのも、同じ顔ぶれ――アポロ、ブラックストーン、KKR、ブルー・オウル――だ。AI周縁の信用も、サブプライム消費者も、プライム・退職資金も、すべてこのPE・保険複合体という一つの撹拌ボウルで混ざっている。

ただし伝播の「速度と形」は2008年と違う。2008年の混ぜ物はレポやABCPで短期調達され、取り付けが効いて週末に一気に連鎖した。今の混ぜ物は10〜30年の年金負債で調達されており、年金は走れない。だから起きるのは流動性の爆発ではなく、保険・退職コアのゆっくりとした不透明なソルベンシーの劣化だ。NAICが2026年の最優先課題に生保ポートフォリオの透明性を挙げ、米財務省が保険規制当局を招集したのは、まさに誰も中身が見えないからである。

なお両論は併記しておく。UBS会長ケレハーは保険セクターのシステミックリスクを警告したが、アポロCEOロワンは「保有の大半は投資適格だ」と一蹴した。BISは一定のストレス下で北米生保が約1,500億ドルの資本不足に直面しうると試算する一方、銀行経由の直接経路は限定的との見方が主流だ。毒は銀行ではなく、保険に回る。


4. 統合 ―「最後の花火」の構造

ここまでをひとつの絵にまとめる。

AIは、いまや四役を兼ねている。①日経平均の重心(キオクシア・半導体)、②米実体経済の最後の成長柱(設備投資)、③最速で膨らむ信用(データセンター債務)、そして④その同じ資金循環が消費者ABSやSaaSの担保を内側から食う毒の源。重心と支柱と装薬が同一なら、それが折れるときは指数と実体と信用が同時に折れる。

そしてその信管は、繰り返し同じ場所に戻ってくる――終わらないインフレだ。 インフレが収まらない→Fedが緩められない→高金利が続く→GPUローンも満期の壁も安く借り換えられず、底辺の消費者も救われない→周縁から飛ぶ。AI債務の信管も、消費者の信管も、すべて「Fedが緩められない」を経由している。

だからもし崩壊が来るなら、それは「信用発・スタグフレーション・Fed救援なし」の後退になる。これは資金が株式から避難資産へ逃げる純度の高い局面で、バリューへのきれいなローテーションは起きない。2008年で金融が真っ先に壊滅したように、日本のバリュー(銀行・商社・シクリカル)はむしろグラウンド・ゼロに座る。逃げ先は金と現金であって、出遅れバリュー株ではない。


5. 監視ダッシュボード ― 4つの発火点

「いつ」は誰にも分からない。だが「時計が動き出した」と分かる兆候は、具体的に置ける。次の4つが同じ四半期に揃ったとき、底辺の限界はついに経済全体の限界に変わる。

  1. 銀行の転落 ― 長期金利がまだ高いのに銀行株が崩れ始めたら、市場が与信費用と利下げ=不況を織り込み始めた本物のサインだ。
  2. 相関の反転 ― いまは「AI安・内需高」という健全なローテーション。AIが落ちる日に内需も一緒に落ち、相関が1へ跳ねたら、ローテーションは死んでいる。
  3. AI周縁のCDS拡大 ― 低格付けのAI債務(ネオクラウド、GPU担保)のCDSとハイイールド・スプレッドの拡大。雇用や投資適格債より先に裂ける場所。
  4. プライムへの波及と保険のマーク ― サブプライムの窮迫がプライム階層へ滲み出すこと、そして保険会社のマーク・NAICの資本賦課・AMAPS型残高の伸び。銀行のCDSが鳴るより前に、ここが音もなく傾く。

おわりに ― 「少し後ろ」は「少し軽い」を意味しない

最後に時間軸について。脆さは本物だが、それが「明日」を意味するわけではない。2007年を思い出せば、サブプライムの最初の亀裂(ベア・スターンズのファンド破綻は2007年6月)から、リーマンの爆発(2008年9月)までは14か月以上あった。泡と腐敗が同じ紙面に並んでから、相場はもう一年以上、上に向かって溶け続けた。

そしてここが肝心だ。「少し後ろ」は「少し軽い」を意味しない。むしろ逆に働く。 AI投資の柱が森を青く保つほど、指数のリーダーシップは狭まり、最後に乗る資金は出口のすぐ近くで乗ることになる。2000年も2007年も、最後の数か月がいちばん狭く、いちばん急だった。遅い分だけ、スナップバックは鋭くなる。

だから個人投資家にとっての問いは、もう「来るか」ではない。「来ると分かっていて、いつかは分からないとき、どう段階的に構えるか」だ。方向には備え、タイミングには謙虚に。上のダッシュボードを横に置きながら、淡々と段階を踏む――それが、最後の花火を眺める者の作法だと思う。


本稿は筆者個人の見立てをまとめたものであり、特定の銘柄・商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。数値は各種公表資料(モルガン・スタンレー、FSB、ムーディーズ、BIS、トランスユニオン、NY連銀ほか)に基づく執筆時点のものです。

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