2026年6月2日(米国時間)、米通商代表部(USTR)が、強制労働で生産された製品の輸入を禁じていないことを理由に、日本を含む60以上の国・地域へ追加関税12.5%を課す方針を明らかにしました。共同通信などが翌3日に報じています。
「また自動車関税が上がるのか」「いまの15%に12.5%が乗って27.5%に逆戻りか」と身構えた方も多いと思います。本記事では、トヨタ(7203)を例に、
- そもそも今トヨタに何%の関税がかかっているのか
- 今回の12.5%はそれとどう違う系統の話なのか
- 結局トヨタの負担は増えるのか(2つの分岐シナリオ)
を、混同しやすいポイントを切り分けながら整理します。なお本件は現時点で「提案・方針」の段階であり、確定した賦課ではありません。ここが理解の前提になります。
結論:いまは15%。今回の12.5%は「別系統・提案段階」
先に要点だけ。
- トヨタの完成車にかかる対米関税は、現在15%で確定している(通商拡大法232条)。
- 今回の12.5%は通商法301条という別の法的根拠による新しい措置で、まだ提案段階(パブリックコメント7月6日締切、公聴会7月7日)。
- トヨタの負担が実際に増えるかは、この12.5%が既存の15%に「上乗せ」されるか否かという、まだ決まっていない一点にかかっている。
つまり「今日から27.5%」ではありません。順に見ていきます。
1. 現状整理:トヨタは「2.5%+12.5%=15%」
まず足元の事実から。日本車(トヨタ含む)の対米関税は、
- 基本税率(MFN・乗用車):2.5%(トランプ政権以前からの恒久的な税率)
- 232条の自動車関税:+12.5%
の合計で**15%**です。
ここに至るまでの経緯はこうです。2025年4月、トランプ政権は232条に基づき自動車に25%の追加関税を発動し、基本税率と合わせて27.5%まで跳ね上がりました。その後、日米の貿易合意により、2025年9月(9月16日適用開始)に追加分が25%→12.5%へ半減。結果として合計**27.5%→15%**へ引き下げられ、現在に至ります。
この15%の影響は小さくありません。トヨタは2026年3月期に約1.4兆円規模の関税影響を業績に織り込み済みで、これが減益の主因の一つになっています。つまり15%は「これから効いてくる」ものではなく、すでに決算に反映されている確定コストです。
2. ここが混乱の元:トランプ関税は「複数の系統」で積み上がっている
今回のニュースを正しく読むには、トランプ関税が異なる法的根拠ごとに別々のレーンで走っていることを押さえる必要があります。主なものを並べると——
| 系統(法的根拠) | 対象 | 税率 | 現在の状態 |
|---|---|---|---|
| 通商拡大法232条 | 自動車・同部品、鉄鋼・アルミ等 | 自動車は計15% | 有効(裁判の対象外) |
| IEEPA(相互関税) | 各国向けの上乗せ関税 | 国ごとに設定 | 無効化・停止(最高裁判決) |
| 通商法122条(つなぎ) | ほぼ全世界からの輸入品 | 10%(150日限定) | 有効だが232条対象品=自動車は除外 |
| 通商法301条 | 中国向け+今回の強制労働関税 | 今回は10/12.5% | 今回の新規提案 |
ここで重要なのが、「相互関税が裁判所に潰された」のはIEEPAレーンの話であって、自動車の15%を支える232条レーンとは別物だという点です。
2026年2月20日、米連邦最高裁はトランプ政権がIEEPA(国際緊急経済権限法)を根拠に課してきた一連の関税の法的根拠を否定しました。これを受けて相互関税は2月24日に徴収停止。その穴を埋めるために、同日から通商法122条に基づく10%の暫定関税(150日限定)が導入されましたが、この122条措置は232条対象品目(自動車・同部品)を明確に除外しています。
したがって——
- 自動車の15%(232条)は最高裁判決の影響を受けず、今も有効。
- 潰れたのは相互関税(IEEPA)。
- つなぎの10%(122条)も、自動車には乗らない。
「現在15%か?」への答えは、はい、15%で確定、です。
3. 今回の主役:301条「強制労働12.5%」とは何か
では今回の12.5%は何者か。これは通商法301条を根拠とする新しい措置で、構図としては**IEEPA敗訴を受けた”プランB”**と読むのが自然です。
301条は、外国の政策・慣行が「不合理または差別的」で米国の商業に負担を与えると認定された場合に、追加関税を課す権限をUSTRに与える制度です。232条と同じく議会の承認が不要で、最高裁に塞がれたIEEPAより法的基盤が頑健。だからこそ、政権は失った関税の壁をこのレーンで再構築しようとしている、と見られます。
経緯は、
- 2026年3月12日:USTRが301条に基づき、日本を含む60カ国・地域を対象に「強制労働で生産された製品の輸入を各国が禁止しているか」を調査開始。
- 2026年6月2日:調査結果として、対象国の対応を「不合理」と認定し、追加関税を提案。
税率は2段階です。輸入禁止措置を実施・約束・部分的に規制している国は10%、それ以外の経済圏は12.5%。日本は禁止措置を取っていないとして12.5%の側に分類されました。
注意したいのは、これが**「方針表明=提案」であって発動ではない**こと。パブリックコメントの締め切りは7月6日、公聴会は7月7日。ここを経て制度の詳細が固まります。記事執筆時点(2026年6月3日)で、トヨタの車に12.5%が現実に課されているわけではありません。
実際、初期の市場反応は冷静で、本日のトヨタ株はむしろ上昇。市場は今のところ本件を「確定コスト」ではなく「対米交渉のレバー(梃子)」として処理している様子がうかがえます。人権を名目にしつつ、本丸は通商交渉での譲歩引き出し、という典型的な構図とも読めます。
4. トヨタへの影響:分岐は「上乗せされるか否か」の一点
ここが本記事の核心です。トヨタの負担が増えるかどうかは、12.5%(301条)が既存の15%(232条)に上乗せされるかで、結論が正反対になります。
┌─ 【分岐A】上乗せされる
│ 自動車:15% + 12.5% ≒ 27.5%
│ → 引き下げ前のピークへ逆戻り。影響は重大。
301条 12.5%(提案)────┤
│
└─ 【分岐B】自動車は除外(232条対象として)
完成車:15%のまま
→ 直撃は回避。ただし部品・他品目に12.5%が乗る余地。
【分岐A】上乗せされる場合 日本生産・対米輸出のトヨタ車は実質約27.5%相当に逆戻りします。2025年9月の引き下げで得た恩恵が帳消しになる計算で、追加の関税負担は決算インパクトとして無視できません。
【分岐B】自動車が除外される場合 122条のつなぎ関税が232条対象品(自動車)を除外したのと同じロジックで、完成車が今回も対象外となるシナリオです。この場合、完成車への直撃は回避されますが、日本から輸出する部品や自動車以外の品目には12.5%が乗る余地が残ります。
なお、どちらの分岐でも前提として——
- 米国内で生産している分(現地工場)は輸入関税の対象外。
- したがってトヨタのエクスポージャーは、あくまで**「日本で作って米国に運ぶ分」**に限られる。
過去の日米合意には「積み上げ防止条項」がありましたが、あれは相互関税(IEEPA)と232条の関係を整理したもの。その相互関税自体がすでに無効化されている以上、今回の301条 対 232条の上乗せ可否には自動適用されません。つまり旧条項を根拠に「上乗せされない」と安心はできず、最終的な官報・布告の文面待ちというのが実情です。
5. これから確認すべきポイント
確定情報は出揃っていません。記事を読んだ方が今後フォローすべき節目は次のとおりです。
- 7月6日:パブリックコメント締め切り。日本政府・業界の反論やロビイングの内容。
- 7月7日:公聴会。ここで適用範囲の方向性が見えてくる可能性。
- その後の官報(連邦官報)掲載/布告:自動車が対象に入るか、232条の15%に上乗せされるかを決定づける肝心の文面。ここが分岐A/Bを確定させます。
- 日米交渉の動向:本件が交渉カードである以上、政治決着で税率や適用が変わり得ます。
まとめ
- トヨタの完成車にかかる対米関税は、現在15%で確定(232条)。決算にも織り込み済み。
- 「相互関税が裁判所に潰された」のはIEEPAレーンの話で、自動車の15%を支える232条は無傷。
- 今日報じられた12.5%は301条という別系統の新規”提案”。IEEPA敗訴を埋めるプランB。日本は12.5%区分。
- トヨタの負担が増えるかは、この12.5%が15%に上乗せされるか否かの一点次第。**分岐A(≒27.5%へ逆戻り)と分岐B(完成車は除外、部品等に波及)**の二択。
- いずれもまだ提案段階。7月6日コメント締切・7月7日公聴会と、その後の布告文面が確定要素。
「今日から27.5%」ではなく、「15%は確定、+12.5%は提案段階で範囲未定」。ここを切り分けて見ておけば、続報が出たときに自分で正しく判断できるはずです。
免責事項:本記事は2026年6月3日時点で公開されている情報に基づく筆者個人の整理であり、特定の投資行動を推奨するものではありません。関税措置は提案段階のものを含み、今後の制度設計・交渉により内容が変わる可能性があります。投資判断はご自身の責任で、最新の一次情報(USTR・財務省・各社IR等)をご確認のうえ行ってください。