関税は脅し?それとも本気の政策?――トランプの「11月1日」対中奇策

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トランプが発表どおりに対中関税を100%へ完全実施する確率は低く、予測市場では23〜28%にとどまっており、専門家の見立てもおおむね同水準です。 これは、固定化された政策というより「交渉カード」であることを示す圧倒的な状況証拠に基づく評価です。予測市場は、**11月10日までに貿易合意に達する確率を81%**と見積もっており、実施予定日の9日後に合意が成立するとの見方です。こうした評価は、トランプが2025年に繰り返してきた「極端な関税を発表→引き下げ・先送り」という確立したパターン、交渉を織り込む市場の期待、そして差し迫る最高裁審理、実施日と重なるAPEC首脳会議、ホリデー商戦直撃による深刻な副作用といった複合的ハードルの存在に整合的です。

今回の発表は、10月9日に中国が希土類の大規模な輸出規制を発表したことへの対抗として10月10日に行われました。トランプはTruth Socialで、米国は**「現在支払っている関税に上乗せで100%」を課すと宣言。これにより、現在の30%を基準に合計約130%へ引き上げる計算です。さらに「すべての重要ソフトウェア」の輸出規制もちらつかせました。市場は急落し、S&P500は4月以来最悪の-2.7%、約2兆ドル**の時価総額が吹き飛びました。ただしこのボラティリティにもかかわらず、予測市場と専門家コンセンサスは「発表どおりの実施は薄い」とみており、実装リスクはあるもののマネージ可能な「チキンゲーム」と捉えられています。

「TACOトレード」が示す市場の織り込み

投資家は2025年のトランプの関税行動様式を「TACOトレード(Trump Always Chickens Out=トランプは必ず土壇場で引き下がる)」と呼び始めています。これは、劇的な関税を打ち上げ→市場急落→交渉のため脅しを緩める/先延ばし、という2025年だけで少なくとも10回確認された反復パターンに基づく冷笑的ながら実証的なラベルです。

最も劇的だったのは4月の「解放の日」。当時トランプは対中145%関税を課し、中国も125%で報復。株式市場は大幅安(S&P500 -4.88%、ナスダック -5.97%)、米GDPは1〜3月期に-0.3%縮小しました。ところが数週間で、関税は90日間の停止措置を通じて30%に引き下げられ、この停止は直近では11月10日まで延長済み。アップルなどの警告を受け、電子機器は高関税から除外されるなど供給網への配慮も入りました。

この履歴は現在の市場行動を大きく規定しています。レイモンド・ジェームズのエド・ミルズは**「これらの関税の多くが実際に発動すると本気で見ている人は少ない」と指摘。Third Seven Capitalのマイケル・ブロックは「破滅に舵を切ったかに見せて――土壇場で回避する」と評しました。こうした見立て自体が市場要因となり、4月ほどの投げ売り圧力がかかりにくく**、その分トランプに身動きの余地を与える――という逆説も働いています。

一方で油断は禁物との警鐘も。ミルズ自身、**「市場の反応を政策変更のトリガーにするのは危険なゲーム」と述べ、FDDのクレイグ・シングルトンも今回は「双方が引かない」**として「相互確証ディスラプション」に接近と警戒。希土類をめぐる今回の対立は、従来のパターンを崩しかねない別次元だとの見方です。

予測市場は「実施より合意」を示唆

最大手の予測市場Polymarketは確率評価を最も具体的に示しています。「11月1日までに100%関税が実際に発効?」市場は、実施確率23〜28%。出来高は68,354ドルで、ここでの判定は「発表ではなく実際に発効」が基準です。

さらに示唆的なのが関連市場「11月10日までに対中関税で合意?」。こちらはYESが81%(出来高8万ドル超)。11月1日11月10日の9日差は、後者が現行90日停戦の期限であることに由来。市場参加者は、トランプが11月1日の脅しをテコに譲歩を引き出し、期限前の合意で勝利を演出すると見ています。

11月12日時点の対中関税レート」を問う第三の市場では、25〜40%帯約46%で最多。100〜150%は25.6%、150%以上は11%にとどまります。大幅エスカレーションがベースシナリオではないことを補強します。

金融市場の反応もこれと整合的。10月10日の発表でダウは**-879**、ナスダックは**-3.56%。暗号資産では166万人が清算、193.3億ドルが吹き飛び「過去最大のロス」となりました。とはいえ4月時ほどではありません。VIXは+32%急騰も、パニック域手前。金は4,000ドル超の最高値更新、注目すべきは米ドルが-0.7%**と軟化――ストレス局面で異例で、関税の打撃が米国側により大きいとの見方を示唆します。

希土類トリガーが戦略計算を変える

今回の宣告は無差別なエスカレーションではなく、中国の10月9日発表への対抗措置でした。中国は希土類の輸出管理に5元素(ホルミウム、エルビウム、ツリウム、ユーロピウム、イッテルビウム)を追加、17のうち12元素を対象に。さらに「外国直接製品規則(FDPR)」に類する枠組みを導入し、中国原産の希土類が0.1%以上含まれる製品の輸出にライセンスを要求しました。

これは重大です。希土類採掘の70%永久磁石の93%を中国が供給。F-35、潜水艦、誘導・レーダーなど防衛装備からEV、半導体、スマホ、風力発電まで不可欠。規制の全面発効は12月1日ですが、CSISは米国の**「急性の脆弱性」**を指摘。トランプは中国の動きを「異常に攻撃的」「道義的に恥ずべき」かつ「寝耳に水」と非難したものの、政権高官は「数カ月間くすぶっていた」緊張だと後に認めています。

この文脈は、単純な「相互関税」路線と質が異なります。希土類は超党派の安全保障課題で、ワシントンでは民主・共和とも脆弱性を認識。中国は、APECでの米中会談を前にこの梃子を使うと計算した可能性。停戦中も**「希土類の供給が滞る」**との米企業の不満が続いていました。

スティムソン・センターの孫韻(Sun Yun)は、中国の措置を「過剰反応」としつつも、「実施段階での余地はある」と指摘。ユーラシア・グループのダン・ワンは、原材料から知財・技術へ制限が拡張した「大幅アップグレード」と評価。北京は12月1日というタイムラグを設定しており、交渉の余地を残したと見る向きが大勢です。

実施には法的不確実性

トランプには、関税発動の可否自体を左右しかねない即時の法的制約があります。最高裁は11月5日頃(発効予定4日後)にLearning Resources v. Trump(IEEPA=国際緊急経済権限法による関税権限を争う訴訟)の弁論を予定。

下級審は2連敗。国際貿易裁は5月28日に越権と判断し、連邦巡回区控訴裁も8月29日 7対4で支持。IEEPAは関税を明示授権していない貿易赤字は「異常かつ特異な脅威」に当たらない、そして**「重大問題の法理」により「巨大な経済・政治的重要性」を持つ措置には明確な議会授権が必要――という論理です。最高裁は迅速審理を許可し、少なくとも一部の判事が原告の主張に理がある**と見ているサイン。

最高裁がIEEPA権限を否定すれば、現行の相互関税やフェンタニル関税(対中30%の基礎関税を含む)の法的基盤が吹き飛ぶ可能性。トランプは通商拡大法232条(安保)や通商法301条(不公正貿易)に切り替え得ますが、どちらも手続負担が重く迅速な新関税は難題です。

このタイミングは逆説的な誘因を生みます。不利判決を予期するなら、権限があるうちに発動したくなる。他方、有利と見るなら、法的確度が固まるまで待つ動機が働く。発表文言に**「中国側の更なる行動次第では前倒しもあり得る」柔軟性を残したのは、この戦術的布石**でしょう。

議会は名目上は抑制可能ですが、党派対立で実効性は限定的。4月の対加関税否決決議は49対49で、JDヴァンス副大統領が賛成に回り関税存続。グラスリー/キャントウェル両上院議員の「60日以内に議会承認を要する」法案も、共和の同調は限定的です。

APECは「外交的な出口」

最大のカギは日程です。韓国・慶州でのAPEC(10/31〜11/1)は、ちょうど関税発効日に重なります。トランプと習近平の2019年以来の対面も予定されていました。

トランプは当初、中国の発表を受けて**「会う理由がない」**と述べキャンセル示唆。しかし数時間で「キャンセルしていない」「どうせAPECには行くので恐らく会うだろう」と軌道修正。10月11日には電話会談が報じられ、会談継続の見込みが強まりました。

これは示唆的です。130%を無条件実施する気なら、会談取りやめが筋。両首脳が会う価値を見いだしているという事実は、交渉志向を物語ります。APECは面子を保つ妥協に最適:トランプは「脅しが譲歩を引き出した」と宣言し、習は「相互譲歩」として演出可能です。

過去の米中対話もこのパターンでした。5月12日ジュネーブ145%→30%の原合意、6月ロンドンで再確認。いずれもトランプは「希土類は解決」と喧伝しつつ、米企業の現場不満は残りました。APECは再演の舞台となり得ます。

ベッセント財務長官は9月期限前の包括合意に言及。NECのハセット委員長も希土類の放出の遅さを認めつつ「交渉は進展」と発言。10月10日の表明は戦術的圧力であり、戦略的断絶ではないと読むのが自然です。

経済的・政治的制約

経済現実も選択肢を縛ります。タックス・ファウンデーションによれば、2025年9月までのトランプ関税は1993年以来最大の増税で、**2025年に1,713億ドル(GDPの0.56%)**の歳入増。世帯当たり約1,300ドル/年の負担です。

ここに**+100ポイント上乗せすれば物価は急騰。ペン・ウォートン・モデルは130%関税でGDP-6〜8%、賃金-5〜7%と試算。JPモルガンは4Q世界成長1.4%へ下方修正、スタグフレーション懸念。1〜3月期の-0.3%に続くマイナスなら景気後退入りも。4月危機時、予測市場は45〜60%**の確率を織り込んでいました。

タイミングも悪い。11月はホリデー商戦の開幕。玩具、電子、衣料、家具、日用品で中国製への依存が大きい米小売は直撃。アマゾン、ターゲットなど小売株は下落。4月にはCEOらが「2週間以内に目に見える値上げと品薄」が起きると警告。今回は一層深刻です。

ビジネス界はほぼ総反対。フォードのファーリーCEOは自動車25%関税で「米産業に前例なき穴」と警告。テックは供給網崩壊を訴え電子を除外へ。農業も大豆凍結で痛手。**経営者の84%**が4月時点で関税に懸念を表明、追加100%に賛成する業界団体は皆無です。

トランプの支持率は4月の貿易戦争期に40%へ低下。2026年中間選挙をにらむ共和穏健派は物価高の逆風を恐れ、強硬レトリック支持の基盤との板挟みに。過去の挙動から、トランプは実害が大きい対立の長期化は避ける傾向があります。

総合判断:レバレッジは政策に勝る

予測市場、専門家評価、過去事例、法的制約、外交日程、経済誘因――総合的にみれば、11月1日関税宣告の主目的は「交渉圧力」であり、固定化された政策コミットではないという結論が最も整合的です。**23〜28%**という市場確率は妥当な校正に見えます。

単純な実施/不実施を超えたシナリオも想定すべきです。最もあり得るのは条件付き実施+即時交渉:11月1日に一定の追加関税を形式的に発動しつつ、APECでの進展を口実に停止(中国の希土類対応を条件)。これで「実行した」と主張しつつ、持続的損害を回避できます。

次点は短期延期11月10日期限の延長や「生産的な交渉」を名目に一時停止。過去にも締切延長は複数回あり、強さの演出も可能です。

三つ目は部分実施:上げ幅を100%→50%などに縮小、もしくは特定セクター限定本気度を示しつつ柔軟性を残します。

完全実施約5%にとどまり、会談破綻か中国の追加挑発が前提。なおその場合でも、過去パターンから出口探しに動く公算が高いでしょう。

本質的含意は、2025年の反復で自縄自縛が生じていること。毎回引き下がるほど市場はパニックを弱め、かつて政策修正を促した市場崩落という圧力が減衰。これは戦術的自由度を与える一方、中国側にも「どうせ譲歩」と読まれるためレバレッジは相対的に低下します。

もっとも、希土類は抽象的な関税理論ではなく防衛と産業の実体12月1日という中国側の実施猶予11月1日の米側発効宣言、そしてAPECという舞台設定は、双方が決裂より合意を期待しているシグナルでもあります。

11月1日に向け注視すべき点

  • トランプ—習のAPEC会談の確定:会うなら、実施は修正・延期される公算大。正式キャンセルなら実施リスク上昇
  • 11月5日の最高裁弁論の雰囲気:政権側に懐疑的な質問が多ければ延期動機好意的なら強硬化も。
  • 10/12〜10/31の株式市場持続的下落リセッション懸念緩和圧力底堅さ強行の許可と解釈され得る。
  • 中国のレトリックと実務運用12/1規制の柔軟化シグナル許認可加速は、トランプに**「勝利宣言」**の材料を与える。
  • ビジネス界のロビー強度:小売・製造の一斉圧力が強まれば、共和穏健派から自制要求が増す。

総じて、トランプと習の双方にとって顔を立てつつ決裂を回避する誘因が強い。トランプは不況と市場動揺を避けつつ対中強硬を演出したい。習は国内安定を守りつつ脅しに屈しない姿勢を示したい。APECは舞台、重なる期限は圧力、過去行動ディール志向23〜28%という実施確率は、交渉失敗や威信維持のための強行というテールリスクを織り込みつつも、11月1日は再び「劇的宣告→交渉による引き戻し」となる蓋然性が高いことを物語っています。

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