株価上昇の概況
東京電力ホールディングス(東電HD、9501)の株価は、2025年5月中旬から6月中旬にかけて大きく上昇しました。特に6月10日に原子力規制委員会が柏崎刈羽原子力発電所6号機の試験運転を承認した直後から6営業日連続で株価が上昇し、株価は370円台から440円超まで20%以上急騰していますnote.com。出来高も通常の2倍近い水準に増加し、短期資金の流入による買い圧力が顕著となりましたnote.comnote.com。以下では、この株価上昇をもたらした背景要因を時系列も踏まえて整理します。
原発再稼働を巡る動き
規制当局の承認と試験運転開始: 2025年6月10日、原子力規制委員会は東京電力・柏崎刈羽原子力発電所6号機について、安全対策設備の**「試験使用」(試験運転)を承認しましたniikei.jp。同日中に東電は核燃料の装填作業を開始し、約2週間かけてプールから872体の燃料集合体を原子炉に移す計画ですniikei.jp。早ければ2025年8月にも原子炉を起動できる準備が整う見通しと報じられていますniikei.jp。この規制委承認は、福島第一原発事故以降停止している柏崎刈羽原発の再稼働に向けた初の具体的前進であり、「規制リスクの後退」**として投資家心理を大きく改善しましたnote.comnote.com。燃料費削減による収益改善期待も加わり、ニュース直後に東電株の急騰を招いた主要因といえます。
地元同意と政府の関与: 原発の実際の再稼働には地元自治体の同意が不可欠ですniikei.jp。新潟県の花角英世知事は再稼働是非の判断に慎重姿勢を崩していませんが、県民の意見を聴く公聴会開催などプロセスを進める考えを示していますniikei.jp。また花角知事は5月7日に霞が関を訪れ、原発立地地域への交付金(電源三法交付金)の対象地域拡大を政府に要望しましたasahi.com。柏崎刈羽原発から半径5~30km圏内の計8市町のうち4市町が交付金対象外となって不満が出ている現状を踏まえ、対象拡大によって「原発立地のメリット」を地域全体に行き渡らせる狙いですasahi.com。政府側も地域振興策の見直しを含め地元理解を得る努力を続けており、こうした動きは再稼働実現への環境整備として株式市場でも好感されています。
政府方針と計画への織り込み: 政府は東電の再建計画において原発再稼働を前提に組み込み始めています。2025年3月17日には政府が東京電力HDの「総合特別事業計画」変更を認定し、その中で**「2025年度から柏崎刈羽原発1基稼働」**を前提としましたsp.m.jiji.com。これにより年間約1,000億円の収支改善効果を見込んでいますsp.m.jiji.com。もっとも、現時点で地元同意は得られておらず実現性には不透明さが残るものの、政府が再稼働に向け踏み込んだ姿勢を示したことは投資家に「政策追い風」と映りました。また、この計画変更では柏崎刈羽の再稼働遅れにより1~2年で手元資金が不足する可能性に備え、遊休資産や子会社株の売却、原発や送配電投資の抑制など合理化策で1,000億円規模の収支改善を図る方針も報じられていますkabutan.jp。こうした経営努力と再稼働のセットによる財務改善計画は、株価上昇の下支え材料となりました。
(参考:原発再稼働が株価にもたらす効果)
原子炉の稼働は東電の業績に極めて大きなインパクトを与えます。原発は燃料費(ウラン燃料)が安価・安定で、同等の発電量を火力(LNG・石炭)で賄うより大幅なコスト削減が可能ですnote.com。柏崎刈羽6号機(135.6万kW)の再稼働が実現すれば、燃料費調整制度の期ずれ損失に苦しんできた東電に年間1,000億円規模の利益押上げ効果をもたらすと試算されていますsp.m.jiji.com。また規制当局の許認可リスクが一段階クリアされることで、将来の不確実性が低下し株式市場でのリスクプレミアム低下(評価額上昇)につながりますnote.com。実際、政府が原発の有効活用方針を打ち出した際には東電株が翌日に16%急騰した例もあり(岸田首相の所信表明演説※による2022年5月6日の株価反応)money.smt.docomo.ne.jp、「原発再稼働」は東電株の代表的なポジティブ材料と位置付けられています。
JERAの業績・海外展開と燃料調達動向
東電HDの収益構造において**JERA(ジェラ)**の存在は無視できません。JERAは東京電力グループと中部電力の共同出資(各50%)による国内最大の発電事業会社であり、火力発電・燃料上流投資・海外発電事業・再エネ事業まで手掛けます。東電HDは連結決算上JERAの業績を取り込んでおり、JERAの業績改善は東電の収益底上げに直結します。2022年度は燃料価格高騰で電力小売が大赤字となる一方、JERAの燃料トレーディング事業好調により東電の最終利益は辛うじて黒字を確保した経緯がありますmoney.smt.docomo.ne.jp。足元の2024年度(2025年3月期)も経常利益2,544億円のうち相当部分をJERA事業が稼ぎ出しています。
JERA業績と株価の関係: 近年のエネルギー市場では燃料価格の乱高下が激しく、JERAはLNG調達ポートフォリオの多様化やトレーディング力を活かして収益機会を捉えています。電力需給ひっ迫時にはスポット市場高騰で火力発電事業が利益押上げとなることもあり、JERAの好決算は東電株にポジティブ材料と受け止められます。もっとも2025年3月期は燃料費調整のタイムラグ影響でJERAの利益は前期比減少しましたtepco.co.jpが、これは既に織り込み済みでした。市場の視線はむしろ将来の安定収益確保策に向けられており、その点で6月に発表された大型契約は注目されました。
米国産LNG長期契約の締結: 2025年6月12日、JERAは**「年間最大550万トンの米国産LNG新規調達」**を決定したと発表しましたjera.co.jp。米国のエネルギー企業4社(NextDecade社、Commonwealth LNG社、Sempra社、Cheniere社)との間で、2030年前後から約20年間にわたり合計最大550万トン/年のLNGを調達する契約・基本合意を結んだものですjera.co.jpjera.co.jp。この数量はJERAの年間取扱LNG量の約16%に相当し、JERAの米国産LNG調達量は最大1,000万トン規模へ増加しますjp.reuters.com。調達契約はいずれもFOB(本船渡し)条件で仕向地制限がなく、高い価格競争力・柔軟性を確保した内容ですjera.co.jpjera.co.jp。ロシア・ウクライナ情勢以降のエネルギー安全保障環境を踏まえ、日本政府も日米エネルギー協力の一環としてこの契約締結を後押ししました(6月11日、米エネルギー省で日米政府高官立会いのもと表明)jera.co.jp。電力需要がデータセンターの普及等で増加する中、燃料調達先の多様化と長期契約による価格安定化は、東電にとって燃料費リスク低減と収益安定化につながる重要な材料ですjp.reuters.comjera.co.jp。市場では「将来の燃料費高騰リスクが和らぐ」と評価され、東電株への安心感となりました。
海外展開・脱炭素への取組: JERAは海外発電事業への投資や燃料上流権益の取得にも積極的で、近年は米国や台湾でのプロジェクト参画、豪州や中東からの燃料調達強化などグローバル展開を進めています。またアンモニア発電や水素利用による火力の脱炭素化にも取り組んでおり、2024年4~6月には愛知・碧南火力発電所4号機(石炭100万kW)で燃料の20%をアンモニアに置き換える実証に成功していますmeti.go.jp。このように将来を見据えた事業展開は東電グループ全体の持続可能性を高めるものであり、中長期の企業価値向上要因として投資家も注目しています。さらにJERAは2023年度に経常利益1兆円を超える国内最大級の利益体質となっており(燃料高騰期の一過性利益含む)、東電の財務基盤を支える屋台骨です。JERA関連の好材料(大型契約や高収益)は東電HDの株価を押し上げる一因となっています。
エネルギー政策の変化と電力需給動向
GX脱炭素電源法の施行: 2025年6月、日本政府はエネルギー政策の柱となる「GX(グリーン・トランスフォーメーション)脱炭素電源法」を施行しましたshiruto.jpshiruto.jp。この法律は脱炭素とエネルギー安定供給、経済成長を同時に実現することを目指す包括的枠組みで、再生可能エネルギーの最大限導入と原子力の安全確保を大前提とした活用促進を掲げていますshiruto.jp。具体的には、(1) 再生エネを第一の電源として位置付けつつ原子力も安全が確保できる範囲で最大限活用し、不足分を化石燃料で補う長期電源構成ビジョンを示すこと、(2) 再エネ・原子力双方を国が制度的に支え責任を持って推進していく姿勢を明確化すること、が盛り込まれましたshiruto.jp。原子炉の新増設や運転延長を可能にする関連法改正も束ねられており、政府が原発再稼働と新たな原発建設にコミットする方針を示した点は重要ですshiruto.jpshiruto.jp。島田幸司・立命館大教授は「国が安全な再稼働や新増設にコミットしない限り電力会社も投資を進めにくい状況だったが、この法律で方向性が示され動き出しやすくなった」と解説していますshiruto.jpshiruto.jp。こうした政策環境の変化は東電株に追い風となる長期材料であり、「脱炭素・電力安定供給に向け原発重視」の流れが投資家の東電株見直しにつながっています。
エネルギー基本計画と電源構成目標: 政府は2025年2月に第7次エネルギー基本計画の概要を公表し、2040年度の電源構成の見通しを示しました。それによれば再生可能エネルギー比率を4~5割程度、原子力を2割程度、火力を3~4割程度と想定していますshiruto.jp。これは従来見通しの延長線上ではあるものの、GX関連法制でその達成に向けた具体策(市場制度整備や支援策)を明確にした点が新味ですshiruto.jpshiruto.jp。政府が原子力を含む脱炭素電源へ長期のコミットメントを示したことで、東電の原発再稼働や将来的な新型炉開発にも追い風が吹くと見られます。実際、岸田政権下では既存炉の60年超運転を可能にする制度改正や、次世代革新炉の開発・建設に向けた検討開始が決定されました(2023年のGX基本方針)。これら政策方針の変化は、市場に「東電の原発資産が再評価される可能性」を意識させ、東電株の中長期的な価値見直しを促しています。
電力需給ひっ迫と原子力の必要性: 日本の電力需給は近年逼迫傾向が続きました。特に猛暑や厳冬時のピーク需要に対し、供給予備率3%を確保するのがギリギリの状況が各地で起きています(政府は2025年夏も全エリアで猛暑想定時に最低予備率3%を確保見込みと発表tepco.co.jptepco.co.jp)。再エネ拡大に伴い天候による出力変動リスクも増す中、安定出力電源である原子力の重要性が再認識されています。こうした状況下で政府・電力各社は老朽火力の休廃止を延期したり容量市場で供給力を確保する対策を講じていますが、それでも2020年代後半以降は原発の再稼働・新増設なしには安定供給と脱炭素の両立が難しいと見られます。実際、2023年以降、政府高官や有識者から「このままでは電力不足が経済成長の制約になりかねない」「原発再稼働の加速が必要」といった発言が相次ぎました。また国際的にもエネルギー安全保障上、ウラン燃料は一度調達すれば長期間運転できる強みが評価され、欧州などでも原発回帰の動きがあります。日本国内の世論も電力料金高騰や逼迫を受けて原発再稼働容認論が広がりつつあり、2025年時点で政治・社会的環境が原発重視に傾いていることは東電株の追い風と言えるでしょう。
以上の政策・需給動向を背景に、「原発の再稼働・活用」という東電に有利なストーリーが現実味を帯びてきたことが、過去1か月の株価上昇基調を支える重要な土台となりました。
IR発表・決算動向と市場の評価
2025年3月期決算と業績見通し: 東電HDは4月30日に2025年3月期(2024年度)決算を発表しました。連結売上高は6兆8,103億円(前期比▲1.6%)、経常利益2,544億円(▲40.2%減益)となり、燃料価格低下に伴う燃料費調整額減少で売上が減る一方、燃料費調整の期ずれ損失拡大などで利益が落ち込む結果でしたfinance.yahoo.co.jp。最終利益は1,612億円(▲39.8%)の黒字を確保していますfinance.yahoo.co.jp。もっとも2026年3月期業績予想は未定とされましたfinance.yahoo.co.jp。これは柏崎刈羽原発の再稼働時期が不透明で業績影響が大きく変わり得るためですが、市場では「再稼働がなければ厳しい決算」と改めて認識される一方、「再稼働が実現すれば一転して大幅増益余地がある」と評価されました。実際、政府認定の再建計画では2025年度以降に原発1基が動けば年1,000億円の収益改善につながり、純利益も2025年3月期の572億円から2031年3月期に2,277億円へ増加すると試算されていますsp.m.jiji.comsp.m.jiji.com。再稼働が遅れる場合でも資産売却や追加支援で資金繰りに目途を付ける方針が示されており、決算発表自体はサプライズなく通過しました。
投資家・市場の反応: 株式市場での東電に対する評価は、原発再稼働の可能性次第で大きく分かれています。証券各社のアナリスト予想を集計したコンセンサスでは、6月中旬時点で**「売り」寄り(強気買い1名・強気売り2名、平均目標株価384円)と慎重な見方が優勢でしたminkabu.jp。大手日系証券は5月末時点でも東電HDのレーティングを「アンダーパフォーム(弱気)」に据え置き、目標株価を300円から280円に引き下げるなど慎重姿勢を崩していませんkabuyoho.jp。これは当面の業績低迷や巨額の廃炉・賠償負担を重視した評価です。一方で、市場全体では国内外の機関投資家が日本株のバリュー株に注目を高める中、PBR(株価純資産倍率)0.2倍前後と解散価値に比し著しく割安な東電株に長期投資マネーが流入しつつあるとの見方もあります(実際BPSは1株あたり約1,700~2,300円kabuyoho.jpに対し株価は400円台で推移)。4月には株式新聞が「原発再稼働をにらみ長期投資の局面が始まりつつある」と指摘し、2026年3月期以降の収益改善を睨んだ押し目買いスタンスを示唆しましたkabushiki.jp。また米金利上昇下でディフェンシブ株として電力株が見直される**傾向もあり、「電力株は相場調整局面で相対的に強い」という観点から東電を含む電力各社へ資金配分を高める投資家もいますmoney.smt.docomo.ne.jp。
IR・経営改革の評価: 東電自身もIR(投資家向け広報)や経営改革を通じて市場の信頼回復に努めています。前述のとおり3月に発表・認定された総特計画(暫定版)では、原発再稼働を前提にしつつも万一遅れた場合の手当(資産圧縮や支援枠拡大)も盛り込みましたkabutan.jpsp.m.jiji.com。政府との連携の下、「廃炉・賠償に年間5,000億円を充当しつつも持続的な資金確保を図る」方策を示したことは、債務超過懸念の後退につながっていますsp.m.jiji.comsp.m.jiji.com。もっともフリーキャッシュフローは2025年3月期▲5,205億円、再稼働を仮定しても2026年3月期▲4,461億円と巨額赤字が続く試算でありsp.m.jiji.com、財務の脆弱性が完全に解消されたわけではありません。この点について、2025年6月にはS&Pが東電HDの格付見通しを「ネガティブ(弱含み)」に変更するなど厳しい評価もありますdisclosure.spglobal.com。しかし裏を返せば原発再稼働が実現し収益改善が軌道に乗れば、格付機関やアナリストの評価も大きく好転し得る状況です。市場参加者の間では「柏崎刈羽の再稼働が見えれば東電の業績は飛躍的に向上しうる」との期待が根強く、実際6月10日以降の株価上昇はその期待感が具体的進展を得て一気に顕在化した形と言えます。
おわりに(まとめ)
以上の分析を総合すると、東京電力HDの株価が過去1か月で上昇した背景には、原子力発電所再稼働への具体的進展とそれを支える政策・経営面の追い風が重なったことが大きいと考えられます。6月10日の規制委員会承認という明確な材料により、再稼働期待が一気に高まりましたniikei.jp。同時に、政府のエネルギー政策転換(GX法施行や原発延長容認)により「原発重視」の方向性が示されたことshiruto.jp、JERAのLNG長期契約締結に見る燃料コスト低減・安定化策jp.reuters.com、そして東電自身の再建計画で再稼働を織り込んだ収支改善策sp.m.jiji.comが示されたことが、投資家に東電の将来像をポジティブに描かせました。株価は足元で年初来高値圏に接近していますがfinance.yahoo.co.jp、この上昇の土台には原発再稼働という構造的な収益改善期待が横たわっています。もっとも実際の商業運転再開までには地元同意や追加の検査工程などハードルも残されておりniikei.jp、短期的には材料出尽くしによる調整リスクも指摘されていますnote.com。今後、柏崎刈羽6号機の燃料装填完了から試運転・本格稼働、さらには7号機や他社原発の動向に至るまで、ニュースフローに応じて電力株が大きく反応する局面が続くでしょう。東電株に投資する上では、政策・規制の動きやエネルギー市場動向を注視しつつ、中長期的な視点で原子力事業の行方を見極める必要があると言えます。
参考文献・出典: 本レポートは政府発表資料、企業IR資料、報道記事等の一次情報に基づいて作成しました。主要な出典として、原子力規制委員会の承認に関する東電リリースniikei.jp、新潟県知事の要望(朝日新聞)asahi.com、政府認定の東電再建計画(時事)sp.m.jiji.com、JERAのプレスリリースjera.co.jp・ロイター報道jp.reuters.com、GX脱炭素電源法に関する解説shiruto.jp、決算短信要約(Yahoo!ファイナンス)finance.yahoo.co.jpなどを参照しています。各種発表の日時と内容は本文中に記載の通りです。これらの情報を総合し、東京電力株価上昇の背景を明確に分析いたしました。